今回はグラビアアイドルでファッションモデルでありプロ雀士でもある岡田紗佳(おかださやか)について書いていきたいと思います。
記事の内容は・・・
- 中国で生活していた小学生時代の話
- 中国語の語学力や暮らしや生活
- 中国での教育や反日教育
記事を読めば岡田紗佳の中国関係に詳しくなれる!!。
Table of Contents
岡田紗佳は中国と日本のハーフ!
出典:HUFFPOST
岡田紗佳は中国人の母親と日本人の父親から生まれた中日ハーフです。
東京都世田谷区出身で6歳から12歳までは中国の上海で生活。小学校卒業までは中国のおばあちゃんと暮らし、その後は日本で生活をしています。
日本生まれ、小学生時代を除き日本で育ち、日本国籍を持っています。
中国語がペラペラ
中国で生活をしていたのでモチロン語学も堪能で上海語と北京語が話せます。
中国は国土が広いため様々な言葉が話されており、方言が色々とあります。文法は似ていても発音や言い回しなどにも違いがあり、北京の人は上海語を聞き取ることが出来ないそうです。
中国語と言っても方言によって色々なので意思疎通を図るためには何種類か覚える必要が出で来るようですね!。
ハーフあるあるですが中国ハーフということで「中国語を喋って」とよく言われるようですが、喋っても微妙なリアクションなのでちゃんと拾ってほしいそうです(笑)。
ちなみに英語も話すことが出来るので日本語と中国語の3か国語を操ることが出来ます。
中国生活
両親から離れ、中国で暮らすことになった理由は母親の教育方針です。
出典:になるNWES
母親の教育方針から中国へ
ある日、母親から・・・
「中国語を勉強しに、小学校を卒業してきなさい」
出典:note
と言われ6歳の時に単身中国へ。おばあちゃんの元へ送られます。
出典:になるNWES
その時は・・・
「両親に捨てられた」
出典:note
と思ったそうです。幼い頃であればそう思うのも当然かも・・・・幼い頃の記憶は母親と離れたショックからあまり覚えていないよう。
中国では始めは一切のコミュニケーションがとることの出来ない環境で、おばあちゃんは中国人なので日本語がまったく喋れず、祖母含め周囲の人たちとは意思疎通が不可能。
ディスイズスパルタ!!な環境で、なかなか過酷な教育方針なようですね。半年ほどしてようやく普通に話すことが出来たそうで、子供のアイデンティティや親子の会話など将来を考えた時にこのような方針を選ぶ在日中国人は多く、中国の祖父母の元へ送り中国語がある程度話せるようになったらその後、日本へ戻すということをやっています。
教育に関しても中国はかなり力を入れている国で小学生の時から夜中まで勉強漬けが普通と日本以上の詰め込み教育です。
中国でのハッキリとした所や明瞭としているところなどが岡田紗佳にとっても心地よく八方美人が一番嫌いな言葉だそう。
岡田紗佳も中国式のスパルタ教育で育てられ小学生の間は祖母の家に預けられて中国の文化の中で生活し、言葉などの中国語を覚えたようです。教育方針からも母親は娘を中国人として育てたかったことがわかりますね。
また祖母は雀荘を経営もしていたのでここで麻雀を覚えたことから現在の麻雀プロとしての活躍があるようです。
暮らしや学校
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中国での生活は団地に住んでいました。住民で交流のある場所で日本人の男の子や日本語教師なども住んでいて、親日家も多くいたので「セーラームーンみたい」と可愛がられ、楽しく過ごせました。
学校は外国人が行くような場所ではなく地元の小学校の通っていました。地域の中でもトップクラスの進学校で国、英、数を集中的に行い毎日大量の宿題が出されるという環境です。その日の宿題をやり終えるのが大体就寝時間間近という生活で、厳しい学校で日々勉強に追われ、小学校5年間(中国の小学校は5年制)で日本の中学2年レベルの教育を行っています。
中国の小学校は日本よりも遥かに厳しく各教科ごとに専門性のある教師が授業を受け持ちます。また宿題も毎日大量にあり毎晩、遅くまでかかるほどで、テストも毎日あったりと先生は怖くとても厳しいので宿題をやっていなかったりテストの点数が低いと鬼のように怒鳴られるので子供たちは必死に集中して勉強をします。
岡田紗佳そんな環境でもまれることで高校は偏差値72の青山学院高等部出身で高校受験の前に行われた全国模試では6位になっています。それも、このころから必死で勉強したことが結果となって表れているようですね!!。
小学校時代はとにかく勉強の毎日でした。勉強することでしか承認欲求が満たすことが出来ず寂しい思いもしました。つらいことが多く思い出しづらいことも多い時代ですが、この時があったからこそ何事にも真剣に取り組むことだ出来る真面目な性格で大学まで成績が優秀だったことや中国語の習得し言語や文化などを学び自身のルーツを理解することが出来たこともあるようです。
中国では友達もたくさんいて現地の中国人の学生たちとも遊んだりしてよく馴染んでいました。普段は日本のことも好きだと言われ印象も良く、日本人は礼儀が正しいことや日本製の物が良い部分が褒められたりしました。
おばあちゃんもスパルタ!
学校も厳しかったですが、おばあちゃんの教育も負けず劣らずで・・・
- テレビ1日30分だけ
- ゲームは1週間で2時間だけ
- ポテトチップスは1日5枚のみ
お菓子や娯楽はかなり厳しく制限され、ポテトチップスは大好きでしたが制限されたためしけってマズくなることも多かったようです。
おばあちゃんも厳しく夜中に隠れて布団の中でゲームをしている所を見つかり顔がパンパンに腫れ上がるまで布団たたきの柄の部分で顔中を叩かれました。
その日からはゲームの入った引き出しにはカギが掛けられたことが原因で、反動から今ではゲームを毎日やるほどに!
中国での反日教育
中国では反日教育が行われています。岡田紗佳もそうした教育を受け、歴史の授業で日本との戦争の話をしている時が辛かったそうです。
普段は仲の良い中国人の友達や学校の先生も喧嘩した時や叱られる時に限って日本人呼ばわりされ子供心にも傷つきました。
また岡田紗佳が番組で中国の反日政策に対する発言が共演者から批判され泣いたりもしています。またこの発言が原因で炎上したりもしました。『そこまで言って委員会』に出演し、中国の抗日ドラマ(日本を批判的に描いたドラマ)についての発言に対し、他の出演者から批判されたことが原因で泣いています。
「私がいたころの中国の教育は日本人はいかに残虐で、それはそうで別になんか、実際は日本人の事をそう思っている人は少ないと思います」
岡田紗佳さんは、日本人の残虐性を誇張する反日教育は実施されているけど、中国人は信じていないと言うが、そんな教育やっていること自体が差別でありヘイトであるという認識が中国人にないことが大問題ではないか。 https://t.co/8Oe88UFWcd
— てつや (@tezheya) May 5, 2019
こういった批判があったようですね。
どうやらこの話題は岡田紗佳にとっては今も昔もあまり良いことはないようですね・・・・
まとめ
幼い頃に中国で生活をしていたため、貯金が大好きだったりと人格形成は中国的な部分が多いようです。そのため本人もハッキリとした物言いで批判されることもありますが、そういった所も人気の秘訣でもあるようです。
- 6歳から12歳までは中国の上海で生活した中日ハーフ
- 上海語と北京語が話せる、英語も喋る
- 中国でスパルタ教育
- 祖母が雀荘を経営、プロ雀士
岡田紗佳についてのまとめでした。